2010年02月27日

未来への提言

ずいぶん大きなタイトルですが、、、

今の日本は、袋小路に入っているといえるかもしれません。

どこを見回しても、現状を知れば知るほど、考えれば考えるほど、
「希望」が見いだしづらいのです。

「仕事がない」

不景気に入り、多くの企業はIT化と経費節減のため、リストラする。

わかりやすい典型例、

うちの地元のガソリンスタンドがセルフ給油になりました。
今までは従業員がつねに3から4人いたのに、
いまは常駐しているのは1名です、
それも今年退職した僕のおじさんがやっていたりします。
経費は大幅に節減されたし、燃料代も従来よりだいぶ安くなりました

でも、今まで働いていた人はどこ行っちゃったんでしょう?

こんなことをしているんだから、「仕事がなくなっていく」
のは当たり前ですよね。

「しごと」と「給与」を考えたときに、
どうして多くの会社ははじめに「リストラ」ありきで、
それを最小限にして高給与層のボーナスを減らすなどして、
会社の収益をシェアするなどしないのだろう?

何年か後に会社が回復して、従業員を増やすには、
社員教育が必要となり、また多くの時間とコストがかかる。

げんに、リストラを逃れて会社に残った人間も、
リストラされた社員の仕事までもかぶり無理な残業をしている例だってあります。

僕はその一つに「株式会社」の功罪があるような気がします。
一から育てた会社でも株式会社になるとその社長ではなく、
「より多くの株を所有しているもの」が経営権をにぎってしまう。

そうすることで、小さな会社の時にあった、社長が社員を守るという心意気や、社員側の社長を守ろうとする心意気が互いに薄れていく。

さいきん市街地に行くと思うことがあります。

「最近の日本人はコミュニケーションが下手になってる!」


黙して語らず、阿吽の呼吸など、「言わずともがな」
という風習が日本にはありましたが、


今の日本人は


「十分に伝えていないし、十分に理解してもいないのに、
 ”わかってもらったつもり”、”わかったつもり”
になって、行動して、トラブルを起こし、
おまけに、相手に対して負の感情を持ってしまって
もうそのあいてとは付き合わない」


まさに負の連鎖です。

いま、飲み屋さんで仲良しがけんかしたとか、聞かなくなりましたよね、

「いいことだと思いますか?」

けんかするまで話すのはそこまで「真剣」だったからに他ならない、
経済成長期にある日本は未来に対して「真剣」だったのです。

いまは、「ものに満ちあふれて」いるから、
昔の経済成長期のように「豊かになろう」とか明確な目標がない、
というか、見いだしづらい。

でも、ないことはないと思うんです。
「たとえば世界温暖化に対してリーダーシップをとりたい!!」
 とか
「日本人全体が世界でリーダーになれるように勉強しよう」

「誇らしい日本人になることに対して追求してみよう」
とか、
あるテレビに出ていた教育のプロは
教え子を名門校に入れることなんかを目標にはしていませんでした。
そうではなくて、

「世界の中心になって世界を導くようなリーダーシップを持った子供たちを日本から輩出したい」

っていうんです。



結論です。



「因果応報」という言葉があります。
ほかにもいろいろな哲学や宗教書を読むと、
「外見に現れるものは内側にあるものが結果として表れる」
といいます。
わかりづらいたとえにすると、
たとえばピッチャーの投げたボールの価値を考えたとき、
そのボールを静止画で見ても何の価値もわかりませんよね、
ボールの中にある(力=加速度)、(回転)
などがそのボールの価値を決めるんです。
僕が投げたボールの静止画を見てもダルビッシュが投げた
ボールの静止画をみても同じにしか見えないんですよ。

「内面が大切だ!」っていいたいんです。

で、

「未来への提言!」

もっと、人に関心を持って、そして互いが「いい影響」
を与えられるように生きてみませんか?
失敗を責めるのではなく、今度失敗しないための方策を、互いに考える。
「伝わらなかったこと」を相手のせいにはしない、
伝わるまで「伝える!」

「あいつは何にもわかってくれない」
って”言わない”
自分が愛される人間に成長していったら、
自然に困ったとき手をさしのべてくれる人が出てきます。

みんな「神様の子」なんです。
だから、人間の血の中には
みなに、困った人を助けてあげたい気持ちがあり、
よこしまなことをしたら反省したくなるこころがあり、
みんなで幸せになりたい心があるはずです。

それを人間の持つ「神性」と言います。みんな持ってます。

これからは世界人類が生きていく道を模索しなければなりません。

今日本はデフレ真っ最中で、ものの値段が下がり続けていますが、
それは「円高」だから当然なんです。
たとえばアメリカでマックが1ドルだったとします。
10年以上前は日本人は120円用意しないとアメリカのマック
買えなかったのに今は90円で買えるんです。

日本の1円はジンバブエドルだと何兆ジンバブエドルとかになるそうです。(これをインフレと言います)
だから、輸入したらいくらでも日本は安いものが手に入ると言うことです。
もう、日本だけを見ていても豊かにはなれないんです。


今日は「神性」について語りました。

人は助け合って生きるものです、
日本人が世界の幸せのために学び、行動し、高まっていくなら
何にも心配いらないのです。

国レベルでたといいがみ合ったいたとしても、

人と人とのつながりの中で、

「あのとき君はぼくを助けてくれた、今回は僕が君を助ける番だ」

てなるんです。

人は人によってしか育たない、

人を育てるには「無関心」であってはだめなんです。
日本の伝説の軍人山本五十六氏が人を育てることがなんたるかを
語っておられますが、
まさにその言葉の中には育てる人の「親」になる心が詰まっていました。

いまこそ日本は「人を育」てなければならないのだと思いますが、
いかがでしょうか?

そうして、人が本来持っている”神性”というものを
呼び覚ましていきたいなあと思っているんでが

どうですか?




タグ:独り言
posted by ぷーーさん at 01:50| Comment(16) | TrackBack(1) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

「理学療法士」と「やりがい」

きょうはしごとの「やりがい」についてお話しします。

僕は「理学療法士」です。

理学療法士は”リハビリ”の専門職。(ほかに作業療法士、言語聴覚士などが有名です。)

理学療法士は理学療法を行う国家資格です。(理学療法は理学療法士が行うものです。「名称独占」)

『理学療法』は

*物理エネルギー(電気や温水、電磁波など)を用いて患部を治療する

   ”物理療法”

*筋力トレーニングやストレッチングなどを用いる

   ”運動療法”

から成り立ちます。

主に病院などでは骨折後や脳卒中の後遺症などに悩んでいる方々のリハビリをしています。
ほかに、スポーツトレーナーをなさったり、行政でリハビリの施策を考えたりする方もいらっしゃいます。(病院勤務の方が多いです)

僕は病院臨床一筋で今年で16年目になりました。

収入は決して多い方ではないです。
看護師さんなどとは違い夜勤など行っている理学療法士は少ないですので手当などはつかないし、理学療法を1日にできる人数や、一人あたりの治療の金額も国で定められているので、施設の収入源にはなりにくいなどの事情から、経営者も賃金を上げることはまずないです。

でも、日本の平均くらいの収入はいただいています。

で、


「やりがい」



についてなんですが、

僕は胸を張って「やりがいのある仕事です」と言えます。

リハビリは、患者とマンツーマンで、呼吸を合わせながら行うのが基本ですし、補装具や自助具、車いすのオーダーから、家屋改造の相談。
健康増進の相談(講師とかもします。)

患者と一対一の関係が築けるから、
すごく親身になれるし、
普段治療がうまくいかないと、気になって眠れないときもありました、



人間って「自分以外のため」の方が一生懸命になれたりしませんか?
今まで見ず知らずの出会った人の心身の状態を心配しながら、奔走して
いる自分にとても「人として生まれたことの喜び」を感じ、とても充実感があります。

 思えば学生時代の実習の時にも先輩方からそれを見せられていたように思います。

たとえば、小児の施設で指導してくれた先輩の先生は、

「自分が実習生だった頃、担当した患者さんに十分な治療ができなかったことがあまりに申し訳なく感じて、その患者の家まで行ってリハビリしてきた」

なんて話をしていました。

脳外科の病院での実習では、
退院間近のおじいちゃんの足の装具をどういうものにしたらいいか、
とにかく悩みまくっていたときに先輩の先生が
「やっと理学療法士らしい仕事の姿になってきたな」
っていってくれて、
仕事はこういう風にするものなんだと感じました。

いまでも、治療がうまく進んだり、患者さんの体によくフィットした車いすが完成したときなどは、心が震えるのを感じます。

はじめは何の仕事かも知らずに学んだ落ちこぼれ生徒でしたが、
いまとなっては、

「天職かも?」

なんて考えたりもします。
有り難いたいことです。




posted by ぷーーさん at 22:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

「フォースとフォースの暗黒面」映画”スターウォーズ”より

フォース(force)とフォースの暗黒面(dark side)の話

皆さんはジョージルーカスの代表作

「スターウォーズ」

はごらんになりましたか?

ここでお話しするのは、
エピソードV「シスの復讐」と
エピソードY「ジェダイの帰還」
です。

スターウォーズでは、"force"と"dark side"という言葉でもって

「こころのあり方」

を表現しているように思います。

エピソードV「シスの復讐」では、
ラストシーンでアナキン・スカイウォーカーが
ダークサイドのエンペラーに巧みに誘導され、その結果
兄弟子のオビワン・ケノービと戦い、瀕死の重傷を負ったあげく、
暗黒卿エンペラーによって救出され、ついに
ダース・ベイダーとして生まれ変わる
という話です。

アナキンは、才能を見込まれジェダイの騎士になるため、
惑星タトウィーンを離れます。
その時残した母が後に襲われ、助けられなかったことが、深いトラウマ
となっていました。
アナキンはその強すぎる能力と精神的なもろさをもった、
ある意味危険な騎士だったのです。

危険さ故、ジェダイマスターたるヨーダはアナキンをなかなか重用しようとしません。
そこに暗黒卿は付けいっていくのです。

「ダークサイドに入れば、君の母をも生き返らせることができる」

「一緒に覇業を成し遂げよう、おまえとならできる、、、、、」

ダークサイドの力の源は

「怒り」「恐れ」「嫉妬」

など、
怒りの力を爆発させることで、つよい力を発揮させるのです。



一方、
エピソードY「ジェダイの帰還」は、スターウォーズの完結編であり、
アナキンの息子ルークにより暗黒卿は敗れ、ジェダイの騎士が復権します。

クライマックスシーンは、暗黒卿とベイダー、ルークの3人のシーン。
暗黒卿は、ベイダーを使ってルークを暗黒面に引き込もうとします。
エンペラーは巧みにルークを不安にさせ、怒らせ、
怒りがすべての力に勝ると教えようとします。
でも、ルークは屈しなかった。

屈しなかったルークをエンペラーはついにあきらめ、殺そうとします。

それをみていたベイダーは息子を思う強い力に引き込まれ、
息子を救うために、命がけでエンペラーを倒すのです。

そしてベイダーは致命傷を負い、ルークは何とか助けようとします。
でも、ベイダーは死期を悟り、ルークに語ります。
「もうおまえに救ってもらったよ。」

最後の最後に「フォースの力」が「暗黒面の力」に打ち勝ったことで
ベイダーは精神的に救われたのです。




いつでも戦いの勝利者は「より大儀を持つもの」に傾く気がします。

歴史的評価は別として、僕の認識では、
太平洋戦争時代の日本は不安定なアナキン・スカイウォーカー
のような状況ではなかったか?
列強の脅威、世界的不況、不安のまっただ中、

戦勝国たるアメリカやイギリスなどは
この不況を内政で乗り越えようとしました。


でも、日本、ドイツ、イタリアは
侵略によって乗り越えようとした。

「母をも救うことができる」という甘い誘惑に傾いてしまった。

世界大戦開始時点で、すでに善悪が方向付けられていたように
思います。(結果論ですが)

というか、間違った動機だと



「不安」「恐怖」「後悔」の念が襲い

ミスを犯してしまう、仲間割れを起こす、責任逃れをする、



より神聖な動機だと、



「くじけない」「結束する」「強い力に惹かれている気がする」
だから、どんどん力は増していきます。




「怒り」「恨み」「嫉妬心」「恐怖を植え付ける」
「強制する」「脅す」


これらは、瞬間に強い力を発生させますが、
持続しません、むしろどんどん力は失われていきます。



「愛すること」「信じること」「夢を追うこと」


これらは、つらいので、初めのうちはなかなか力が出ないことも
あるけれど、時が経てば経つほどに強くなっていくのが

  この力

です。

「勝負は負けなかったものが勝つ」

といいます。

負けても負けても再び勝負に向かっていく強い心が、真の勝利に
結びつくのだと思います。

「夢は大きければ大きいほどよい」
といいます。

それは、"この力"
につながっているからであるし、
"この力"が、宇宙でもっとも強い力であることを
証明しているのです。

スターウォーズは「愛の力」は「怒り」の力に勝ることを
教えてくれているような気がします。
posted by ぷーーさん at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

アンパンマンのマーチ

皆さんご存じ

「アンパンマン」

ただの幼児向けアニメだと思っていませんか???

でも、僕はオープニングテーマ「アンパンマンのマーチ」

には、グッときてしまうのです、、、

「何のために生まれて

  何をして生きるのか?

     答えられないなんて

       そんなのはイヤダ!」


人間が作ったものすべてに目的があるのに、
神が創造された人間がなぜか「存在意義」を知らない??

皆さんは答えられますか?

もちろん人には「知恵」があるので、
「存在意義」などなくとも
生命活動を維持することはできる、

でも、窮地に立たされたとき、それが困難になってしまう、

日本の自殺者は8年連続3万人超えだそうです。

9000千人切った我が町の全町民が3ヶ月ちょっとで滅びる計算です。



 存在目的なく風雨にさらされて立っていることなんて不可能です。


ところで、、、、

 
 僕は子供に聞かれたこと、正しいかどうかは別として、
すべてに対して自分なりの答えを持つようにしようと
心がけています。

 当然、

「人は何のため生まれてどこに向かっているのか?」


って聞かれることだってあるかもしれない、、、、、

皆さんはどうしていますか?

ここに一つヒントがあります。

「旧約聖書」です。

キリスト教だけでなく、ユダヤ教もイスラム教でも聖典になっているこの書物。

誰が書いたでもなく言い伝えから成り立っていtr、
こと、地球誕生の話などは今の科学の見解とほとんど遜色ありません。

そんな旧約聖書に、アダムさん(人のはじまり)に
神様がミッションを与えています。

そこではたいそう喜んで神様は喜びの対象として人を祝福しています。

そこに書かれていること、

(創世記一章28節)
『生めよ。 ふえよ。 地を満たせ。 地を従えよ。 海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。』



つまりは、神様は
人類に


「子孫を残せ」


ということと


「地球を統率しなさい」


とおっしゃっています。

だから僕は子供たちには、

「人が生きる目的は、命をつないでいくこと、
  この地球に生きているすべてが永遠につながっていけるように、
   僕たちも勉強しなければならないし、
    結婚しなければならないし、
     家族を作っていかなければならない
      でも、そうすることがきっと自分の幸せにも
        つながっていくよ」


と伝えようと思っています。(まだ聞かれていないので、)

いま、ぶち当たっている世界的な問題。


「環境問題」

「経済問題」

まさに答えは「人の存在意義」にあると思いませんか?

「世のすべてを統率することが”環境問題”を解決すること」だし、

「すべての人々が増えて地に満ちていくことが”経済問題”」
を解決することだとおもうんです。

特に経済では、昨今個人投資家?が増えていて
大学生のデイトレーダーが1日に何億も動かしてる!

「でもそれは大間違い!」

だって、その人たちは「投資」ではなく「投機」をしているに過ぎない
目的は「個人の財産の拡大」だから、

真の「投資」は素人は手を出しちゃあいけない。

素人が宝くじ当たって人生棒に振った人いくらでもいます。

それは「生きるため以上の金を手にしてしまったから」

「投資」は限られた責任のある人が行うべきです。

たとえば日本では一人あたり手取り年収300万あれば、
結構楽に暮らせます。十分です。

 それ以上を持つ人たちはどうか人類に「投資」してください。
世界の「人類に貢献する志」を持った「将来有望な企業」に、
あなた方の卓越したセンスでスポンサーになってあげてください。

そして「すべての人々が生んで、地に満ちれるように」

人類を導いてください。




僕の大好きな漫画「ヒカルの碁」

そのテーマに、碁で「神の一手」を極めるとあります。

そこには「神の千年計画」ってのがあって
神は、「最高の一手」を極めさせるために

世界の碁打ちたち夢中にさせずっと、
訓練させ、何世代も精進させている

というのです。

これは碁に限ったことでなく、人類そのもののミッションだと考えられそうです。

まだまだ、人類は「知恵」においても「精神」においても未完成です。

やっと世界規模で世の中が動き始めるようになって、

そこでぶつかった「環境問題」「経済格差問題」
まさに、皆手を取り合って知恵を出し合っていかなければならない。

もちろん私「ぷーー」個人でみたときに、僕自身の

人類ミッションにおける役割って、たいしたこと全然ないんだけれど、

それより大切なのは

「みんなどこに向かっているか」

ですよね、

「足を引っ張る」

のではなくって、

みんなで今の大きな問題に取り組もうっていう


「こころ」


が大事!

道にポイ捨てしない、困っている人に優しい声をかける

一人一人のすべての行動が、

「人類のミッション」解決に向かっているのだと、

”僕は信じたい.......”
  
posted by ぷーーさん at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

正負の法則 by 美輪明宏

美輪明宏さんの言葉にお気に入りがあります。

「正負の法則です」

以下、
http://fashiontraveleat.blogspot.com/2009/09/blog-post_10.html

からの引用です。


ああ正負の法則 美輪明宏



スピリチュアルが流行る前に出た、美輪さんの本です。
以下まとめました。




・人並みに働いていたのでは、人並みか人並み以下くらいにしかならない。人並み以上になりたければ、人の三倍くらいは働かなければならない。


・月々もらえるものは給料ではなく、我慢料だ。大抵の事には我慢しなくてはならない。


・腹八分。粗食にして、食べるものも我慢する。ガンで死んでいたのは、昔は酒飲みか美食家だけだった。


・人間関係は、すべて腹六分にするべき。浅く付き合えば、互いの長所だけで付き合っていける。嫌な部分はお互い 見ない 見せない で平和に過ごす。


・本当の友人は、一生のうち一人か二人出来るか出来ないかのもの。孤独=惨めではない。


・楽あれば苦あり。何かを得れば何かを失う。何かを失えば何かを得る。



自分なりに理解したり、実感していることもあり、
よく子供たちに話します。

「嫌なこと、面倒なことがあったら、喜んで
受けなさい。」

正負の法則では、感情も関係あると思います。
自分にとってマイナスなことが起こったとき、
「嫌だなあ」とか「ムカツク」とか、ものに当たったりすると
そのマイナスをそこで打ち消してしまいます、
で、チャラになる。
でも、忍んで喜んで受けると
いつの日かプラスになって返ってきます。
ただ、それがいつなのかはわかりません。

でも、ためればためるほどに、よい結果となって返ってくるのです。

だから、子供たちには

「自分にとってマイナスに感じることは喜んで受けると

”幸福”の貯金になる」


と、教えるようにしています。

逆もまたしかりで、、、、

「よいことがあったとき、皆に還元しないと

マイナスになって返ってくる」



たとえば家を新築することなどは、ものすごい「正の力」が必要です。

だから、家を建てる前後で、身内が亡くなったり、
様々な不幸が起こったりします。
自分もそうだったし、離婚の危機だったりもしたのです。(恥ずかし)

自分にはまだ、家を得るだけの正の力が足りなかった、
と反省して、悔い改めるしかありません。


それから、

「道で霊柩車とすれ違ったら”幸運”」

これは、どういう意味に考えるかというと、
霊柩車は「不幸」なので、その周りに「幸福」
というプラスが生まれるからなのだそうです。

ですからそれを「受ける」には
霊柩車に弔いの意を捧げるべきでしょう。

だから、僕などは幸運ばかり続くと、不安になってきます。
幸運の時は慎重になって、できるだけ周りに還元できるように
気をつけるようにします。

世界名作劇場の「愛少女ポリアンナ物語」

のポリアンナのように、

「よかった探し」や「感謝」

の生活、送ってみませんか?

posted by ぷーーさん at 23:21| Comment(3) | TrackBack(0) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月07日

「一期一会」いちごいちえ

今日は

「一期一会」いちごいちえ

の話です。

「一期一会」は意外と新しいほうの言葉かもしれません。

利休の時代(1500年代)
に利休がもてなしのこころを伝える意味で用いたそうです。

意味は、
『あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう。』と言う意味。

これは、たといまたあえるかもしれなくとも、逢ったその瞬間を
一度きりかもしれないと思って、その時に精一杯、尽くしなさい
という意味にとれます。

僕もずっと患者さんを相手にした仕事をしています。

仕事中は自分の中で常に、

「今日この人との出会いも、『一期一会』の出会い」

そう思って接するようにしています。

以前、「オーラの泉」という番組で、
格闘家の須藤元気さんが、仏教の言葉の話をしておられました。

「聞法因縁五百生、同席対面五百生」
もんぽういんねんごひゃくしょう どうせきたいめんごひゃくしょう

これの取り方は2通りあるようですが、
特に同席対面五百生を元気さんは
今その人に出会うまでに、すでに500回も前世で同席していないと
出会えないほど貴重なものなのだ

と解説しておられました。

「一期一会」

そう思うと、とても重いことだなあ、と思わずにいられません。


でも、
僕は「何かの縁」というものを漠然と信じています。
きっと、「今日このとき出会うべくしてあなたに出会った!」
と思わずにはいられないのです。

いろいろな患者さんがいます。
性格的に『あわない』ひとにもたくさん出会いました。

でも、その一つ一つに誠意がこもっていたのなら、
きっと、お互いの心の中に「何か」が残るような気がします。

「何か」

を刻んだ中で、また自分が一歩前に進めたような気がしてならないんです。

だから、井上陽水の歌じゃないけど、

「好きな人、嫌なひと、
  みんな、みんな、
   ありがとう」


やっぱり感謝の言葉で、

結びます。

posted by ぷーーさん at 23:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月03日

「先生」と呼ばれることに関して、

不信渦巻く現代においては、

「先生」

と呼ばれるものにはろくなやつはいない!

なんて言われたりもしていますが、、、、、

かく言う私も

「先生」

と呼ばれる職業だったりします。

リハビリの”先生”



「先生」

は、元々「学ぶ人」を「教える」立場にある人を指すそうです。



少し昔の話、

「理学療法士が”先生”と呼ばれる」ことに関して

議論がありました。

新卒でもすぐに「先生」と患者に呼ばれるものだから、
若い奴らは「勘違い」してるって、吠えた人がいたんです。

えー、僕は「先生」で大いに結構と思っています。



ニュアンスが伝わるかわかりませんが、、、

”患者”と”リハビリの指導者”
 という関係にのおいて、その場面では理学療法士は「先生」にならないといけません!

「先生」

と呼ばれるのは、 「自分もそれにふさわしい態度をとれ」

という意味もあるからです。

でも、ほとんどの私の「患者さん」は
人生の先輩でもあります。

だから、こと「人間同士」との関係でみたら、
「患者さん」こそ私の「先生」であったりします。

東洋的な発想だけれど、

”関係”って言うのは相対的であるし、流動的でもあります。
だから立場が逆転することだってあるんです。

たとえば、自分の子供にとっての親の私はたいていは
「先生」であるのだけれども、

こと遊びに関してだったり、特定の分野においては
自分の子供であっても、私の「先生」であったりするわけです。


大事なのは「先生」の時の心構え、

こと、「先生」の立場にある分野においては「生徒」の
模範であり、「生徒」を導いてやらなければなりません。

医者も「先生」と呼ばれますが、
こと体に関する限り患者に対して”先生”であることは間違いないです。

じゃあ、すばらしい先生ってどんなひと?

今まで、テレビなどで「名医」と呼ばれる先生をみてきました。
一般にいるお医者さんと絶対に違うところがあります。


それは、、、

出会った患者さんに対して

「貴方の体は治りますよ」!、または「貴方の体は私が治します!」

と言ってしまうところです。

一般のお医者さんは手術の前に「治りますよ」なんてなかなか言いません。
 むしろ失敗しても恨みっこなしの書類にサインしてほしいなんて言います。(苦笑)


けど、理由はわかります。
むしろ、名医と呼ばれる方々の言ってることの方がおかしいのです。

でも、名医はそれをわかっていて「言う」のです。
自分自身にもプレッシャーをかけて、

「あなた(患者)のために全身全霊を込めて治療に当たります。!」
という”決意”を述べているのだと思います。

2年前、母が脳の奥深くに腫瘍があり摘出することになりました。
その執刀医の先生は「とればきっと大丈夫!」と言って
後遺症もなく見事にそれを摘出してくれたのです。

脳の手術は少しのミスが大変な後遺症を起こす難しい場所です。
患者も、家族も不安で仕方ない中
失敗するかもしれない手術に前向きでなどいられるはずがありません。

執刀医の先生の言葉がどれほど力になったことか、、、

あらためて「先生」
ということばを考えます。

”先生”はその立場にあるときは、相手の親のような立場に立たなければならないのだと思います。
それは単に知っていることを伝えることではなく、

「先生が知っていることを伝承していく」

ときに厳しさも持った「責任重大」な立場であるといえそうです。

相手があっての先生なのです。
相手が納得するまで「教える」のが先生。

一度引き受けたら、結果が出るまでやり通さなければならないのが、
「先生」なのです。

書いてて自分自身が一番恐ろしく思えてきました。
私も「先生」って呼ばれるんだよなー、、、、、


そこの「学校の先生」「お医者さん」そして、「政治家の皆さん」

ちゃんと

「先生」

してますか?

posted by ぷーーさん at 01:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

「お互いさま」

今日は、僕がとっても大切にしている「ことば」

「お互いさま」

です。

昔のにっぽんは、コミュニティ(地域)のつながりが
とても密接でした。

訪問先の患者様は皆そんな時代を生きた人たちばかり、

「味噌が切れてしまってとなりにもらいに行った!」
「野菜がいっぱい収穫できたからお裾分けに行ったら、
  いくらをたーんといただいた」

隣の子をあずかってしかってやったなんて当たり前、
団塊世代は子供でいっぱいだったから、当たり前のように
よその子もきていたし、よくしかったこともあった。

これを支えていた信念が、

「お互いさま」

なのだと思います。

苦しいことも「お互いさま」
だから、楽しかったことも「お互いさま」

みんな支え合って「生かされている」ことを実感していたのだと思います。

お金などあまり持っていなかった時代、
太古の「物々交換」の時代から脈々と続く
共生共栄の元がここにあります。

いつの間にか、今の日本では、

虚栄心、自分を背丈以上に見せようとして、
この「お互いさま」
の精神は薄らぎ、
 人々との交流が
「煩わしいもの」
に変化していきます。

うちには子供が4人いて多い方だから、
せっかく知り合いに赤ちゃんが生まれてお祝いを持って行ったのに、
「お返しが大変!」って迷惑がられてしまったり、、、

お返しなんか望んでいない、
ただうれしかったから、生まれた子が喜ぶだろうか?
って悩みながら、夫婦で選んだ「贈り物」

身の丈以上は必要ありません。
富めるときも、貧しいときも、
巡り巡って

「お互いさま」

感謝されたら、精一杯の心を見せましょう!
陰で、あそこのうちは「けちだね」
なんて言われたって、心尽くしていればいいではありませんか?

こころとこころの

”感謝”の会話が


「お互いさま」


という言葉なのではないでしょうか?


タグ:ことば 地域
posted by ぷーーさん at 21:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月31日

「生かさず殺さず」

えー、すでにこのブログは「死んだもの」と考えていました。

もうずっと更新してないし、、、、

ただ、日々いろいろ考えることがあって

リニューアルしよう!!


と思いました。

言葉って重みがあると思うんです。

キリストも言いました
「口に入るものは人を傷つけるものなどない、
  むしろ、口から出ものこそ人を汚すのだ!」



「口からいずるもの」

そう、”言葉”です。

人を生かしも殺しもするもの昔から伝わる言葉って
知れば知るほど深くていいものがあると思います。

なので、これから普段の中で「気になった言葉」
を自分なりに発信することにしました。

大いに「コメント」待ってます。

って、
今日は

「生かさず殺さず」

って

さっぱりいいことばじゃないじゃないか!

って思ったでしょ!

でも、ちょっと聞いて(読んで)くださいよ。
アラフォー親父のたわごとだけど、、、、


物事の配分ってちょうどよい量があると思うんです。
それをうまく言い表しているのが

「生かさず殺さず」です、。

僕は、病院でリハビリテーションの仕事をしていますが、
この言葉がほんとに「丁度の量」を表していると思うんです。

たとえば、医療経済
医療はビジネスであってはいけないと思います。
ビジネスモデルには当てはまらないんです。
小児医療、医師不足の周産期医療
金儲けなどできっこありません。

だから「生かさず殺さず」でやっていくしかないんです。
経営であれば、ほかの部門で業績を上げるのもその一つ、
でも、「金儲け」がメインになってはいけない
「生かさず殺さず」やっていくのが医療なのではありませんか?

リハビリでも聞こえは悪いけれども患者にも
 訓練は「生かさず殺さず」だ!

と説明します。

リハビリは誰にとってもつらいものです。
でも、がんばったらがんばっただけ成果の出るものでもあります。

生きることはつらいことが多いです。障害を持ってしまったらなおさらのこと、、、、

でも、みんな「生かさず殺さず」で生き抜いていきます。

がんばってがんばって生きていてもう疲れて死んでしまいそうになったら「殺さず」で、自分に褒美をもらう。

「生かさず」で生きていると必ずどこかからか「殺さず」
で、守ってもらえるような気がします。

最近ネットしてると、
「金儲け」の話いっぱいころがってくるんだけれど、
お金儲けをしたら「楽ができて幸せなの?」

違うと思います。

うんと体を使って疲労したときの飯が一番うまいように、

自分の努力の成果として得た「お金」が一番価値あるものでしょう。

金だけ持っていても、豊かな日本では、ろくなことにお金を使わないような気がします。

汗の結晶だからこそ、大切に「お金」を使う。



戦後初めて「自民党」が第1党を退きました。

「欧米に負けない豊かな国を作る」
70年目にしてこの党が席を退きました。

これからどんな国を目指そうか?

経済はもうそんなに発展できない、、、
一発大穴狙うより、

「生かさず殺さず」

みんな助け合っていけたらいいと思います。
無駄遣いはせず、
大きく儲かったら自分のために使うのではなく、
誰かのために使ってあげましょう。

自分の取り分は「殺さず」
の分だけで、十分なものですよ。



posted by ぷーーさん at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の「ひとこと」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月16日

この国は「エコ」なんですかねぇ???

この前。うちの電子レンジが壊れました、、、、081215_234226.JPG

H01のエラーが出ると全く操作を受け付けません。

で、インターネットで調べました。

http://as76.net/dai/rep/m_oven.htm

これによると、操作パネルと、本体駆動部分の通信エラーだそうです。

で、何回かコンセントを抜き差しすると使えたりします。

そんな、深刻な感じじゃないなと思いました。

それで釧路まで車を走らせ、「ミスターコ○セント」なるところへ、
持って行きました。
買った店に併設している修理受付です。

調査料に1000円取られて、

「1万円以下なら直してくれ」

って、置いてきました。


数日後、電話きました。

「このエラーはメイン基盤と、本体基盤の通信エラーです。」

おうおう、それは俺も調べたからしっとる、、、、

「修理はメイン基盤と本体基盤の交換になるので2万3000円ほど掛かります」

?????

「廃棄されるのでしたらこちらで廃棄しますが、、、、」

ワレ!なにいっとんじゃー!!
何で基盤同士の通信エラーで基盤ごと換える必要があるんじゃー!
使えるときは使えるのだから、基盤は大丈夫じゃないのか??




僕は切れた!!!

いや、持ち帰るので取っておいてください。週末に伺います。

電子レンジはマグネトロンとかいう高圧の部品があるので、
1万円以下ならプロに頼もうとか思ってたんですが、
あんなこといわれて腹立ちましたので、

自分で空けてみることにしました。

いわれてみれば簡単なこと、、、

操作基盤は開閉式の扉についていて、
メイン基盤は箱のほうについています。
そこを15センチくらいのコネクタケーブルでつながっています。

一本一本テスターでそのコネクタの端と端をチェックすると、
断線しているところがありました。

そこを半田で直してやると、、、、

「ほれみい!直った!!!」

この国は、先進国だ、エコだっていっているけど、
すぐに新品買わせようとします。
医療機器だってすぐです。10年も使うと、
部品がないとかいって買い換えろという。
何もそこらの部品なんかで直るのに、

昔は、パソコンの部品がダメになったとき、メーカーの相談窓口に行くと、パーツカタログがあって、パーツだけ頼んで、
自分出直したんですが、今家電パソコンは全部本体を送らないと直してくれません。それで、法外な修理費を請求してくる。

この国は、、、、

エコなんかじゃないぞ。!!

昔のほうがずっとエコだったよ、、、、

PS.直ったはずのレンジまたH01が出始めました。構造上の問題だね、れって、、、、
posted by ぷーーさん at 00:21| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
スピード登録&高額収入ならDPアフィリエイト

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。