この前うちで一緒に働いている後輩PTが
「来年4月に結婚します!」
と、ついに宣言した。
すでに、うちの職員のほとんどがつきあっているのは知っていて、
飲み会の度に「いつだあー」「いつだあー」って聞いていたんだけど、
ついに決めたようです。
おめでとう!!。
ホントに嬉しい今年最後のニュースでした。
なんですが、
最近、結婚生活も長く続かないうちが多いですよね。
とくに、北海道がそのワーストワンだとか、、、、
うちももうすぐ結婚10年を迎えます、まだまだいろいろなことがあるのだろうけど、
思ったことを少々!
「結婚とは何ぞ」
どうしても、結婚をゴールインっていってしまいますが、
結婚=幸せ ではないです。
ゴールではなく、2人でゼロからスタートです。
どっちが転んでも、置いてはいけないのです。
じゃあ、なんでけっこんしたの?
ボクはボクなりに一つ答えを持っています。
結婚は
「より大きなことにむかうこと」
結婚して一番大きいできごとは「家族」というものを持つことです。
よく、野球選手などは、
「結婚したら守るべきものが増えた」
って、ホントにがんばりますよね。
子供なんか増えたらホントによい成績残しますよね。
「家族」をもって、一人では絶対に出来ない経験を繰り返していくのです。
それは、実際は苦しい場面の方が大きいかもしれません。
家族の一人一人が親密になればなるほどに、
そして、同じ腹から生まれても一人一人全く違う子供達の存在を知ります。
何年話しても、話しても、配偶者の新しい面を知ります。
そして、深入りすればするほど、最初はぶつかります。
でも、いろいろなものを眺めてみてください。
成長するためには、一度大きな負荷をかけるんです。
植物は、うんと厳しい環境で育つ作物は、大地のエネルギーを吸うために、極端にまで根を伸ばし、そして美味しくなっていきます。
ボクの専門の「筋力増強」は、
筋肉は「超回復」といって、一度、激しい筋肉痛が起こるくらいに一度筋線維を破壊してやります。
そうすることで、そこを修復するエネルギーが一杯そこにあつまって、元よりも強大な筋肉を作っていきます。
家族二人になると、3人、4人となると、
当然負荷も増えていきます。
でも、家族の絆は本当に強いと思います。
だから、負荷が強いからといって、逃げ出すことはしません。
そうやって見つけた「幸せ」
それは、絶対に一人だったところには得られなかったものなのです。
美輪明宏さんは「結婚式の白無垢衣装はは死に装束」といったりします。
そうかもしれません、それくらいの覚悟で立ち向かっていかないといけないからなのかな?
でも、人間関係では、「家族」が最初のユニット
だとおもいます。
今ボクは、会社でも後輩が居る立場ですが、
それもある意味で会社という組織のなかでの「家族」
なのではないでしょうか?
最近は「親密」になることのマイナス面ばかりが強調されて、
どんどんどんどん「ビジネスライク」な
交流ばかりが増えていって居ます。
でも、一人一人は心が渇いて
「交流」をどっかに求めているのではないですか?
ネット社会の闇、出会い系サイトが流行、教師の心の病の増加
みんな、本当は心から話したいのではないでしょうか?
結婚は
家族の出発!
家族は社会の出発!
君は今日から
「君の”家庭”」の長となったんだよ。
今日から、女房を背負って生きるのだよ、
そして、どんどんどんどん
背負うものが
増えていくのさ、
「幸せは」
努力なしでは
つかめないのさ!
2007年12月29日
2007年12月20日
PT学。臨床経験で学ぶこと。
近年、医学界では盛んにEBMが叫ばれています。
EBM(エビデンス=根拠 に基づく医療)
エビデンスにはレベルはあります。
<エビデンスレベルの分類>
Ia システマティックレビュー・メタアナリシス(様々な文献から統合的に判断)
Ib ランダム化比較試験
IIa 非ランダム化比較試験
IIb その他の順実験的研究
III 非実験的記述的研究(比較研究、相関研究、症例対処研究など)
IV 専門会委員会や権威者の意見
<勧告の強さ>
A 行うよう強く勧められる。
B 行うよう勧められる。
C 行うよう勧められるだけの根拠が明確でない
D 行わないことを勧める
その勧告の強さは、
@エビデンスレベル、
Aエビデンスの数と結論のばらつき、
B臨床的有効性の大きさ、
C臨床上の適応性、
D害やコストに対するエビデンス
で決められていきます。
ニッポンの病院の報酬は、診療報酬表によって決められていて、
1点を10円分として、たとえば、湿布処置なら35点(=350円)
訪問リハビリなら一回550点というように決められています。
一つ一つの治療についても出来る行為と出来ない行為が細かく決められています。
そこで、いまEBMが注目されているのです!
ボクからいえば、医療費が経済を圧迫していて、見直しの根拠としてEBMが入ってきたと思っていますのであまり良くは思っていません。
最低限、
<勧告の強さ>で 「C」 以上をとっていないと、
おそらく、その医療行為が報酬として認められないだろうということです。
いぜん、PT界では「腰痛ショック」がありました。
システマティックレビューで、
「急性期腰痛に対する理学療法は根拠に乏しく推奨されない」
と、アメリカから報告されたのです。
これには、本当に打撃を受けたのです。
げんざいは、単なる「腰痛」という区切りで考えるのではなく、
腰痛の症状により、より適切な治療法に細分化して
エビデンスのレベルを高めようと諸氏が奮闘しています。
とにかく、理学療法も
EBMが無いと認められない
時代となってしまいました。このままにしておくとリハビリの報酬は下がっていく一方です。
さて、本題です。(前置き長!)
さんざん、エビデンスの話をしてきたわけですが、
わたしは、理学療法こそまさしく「経験」の要る医学だと思っています。
PTによって、おなじ症例のリハをやっても、結果の現れ方が違うと思っているからです。
ぼくも、臨床経験14年となりました、そろそろ中堅です。
自分が経験によって得られたことをここで整理しようと思いました。
1.まず、一番大きいのは予後の見通しだと思います。
予後は、疾患への理解が第一ですが、その人の性格、環境、時期、プログラムの進め方などで、大きく変わります。経験によってより明確なゴールを打ち出せると思います。社会資源への適応も経験と人的ネットワークの構築が鍵です。
2.次に、より個人個人に変化した対応が出来るようになったことです
その人のタイプに応じて、プログラムも目標も変化させていかなければなりません。さらに、その患者本人だけでなく、家族環境や、転帰先を考えてのプログラムを考えるようになりました。
3.技術面。
ボクの頃はリハビリの本は本当に少なかったです。さらに僕らの指導者などになると、あった本も英語の原文しかなかったという時代、
とにかく患者に触れることだけは必ず心がけました。
忙しくなると、自主トレをお願いすることが多くなりがちですが、
PTは患者に触れてこそだと思います。
今になってやっと、筋肉と筋肉のつながりとか、痛みの取り方とか、何処をどうするのかがやっとわかってきたような感じです。
4.自分自身のコントロール。
初めての頃は、自分自身が緊張していて、治療している側である自分自身の体が痛くなってしまいました。
いまは、自分で自分のペースをコントロールしています。
別に、毎日同じプログラムをしなくたっていいんです。
自分が調子悪いときは、それに併せてプログラムを調整します。
兎に角、
いまは、僕らと同じかそれより上の先生方の努力で、いろいろな治療法、方法論が確立されてきています。文献、本も増えました。
でも、「本当にそうだろうか?」という見方をして欲しいし、
見かけで判断して欲しくないです。
本当にその本通り出来たでしょうか?
本当にその文献にある治療がその対象者に対応できる内容だったでしょうか?
やはり、医学は
「経験に基づく学問」
だと思います。
EBMばかりに気をとられないで、自分の技術も見つめるべきだと思います。
腰痛の事件も、僕らの技術が未熟だったこともあると思いますから、
もちろん、自信のあるところは、「根拠」を残さねばならないとボクは思っています。
EBM(エビデンス=根拠 に基づく医療)
エビデンスにはレベルはあります。
<エビデンスレベルの分類>
Ia システマティックレビュー・メタアナリシス(様々な文献から統合的に判断)
Ib ランダム化比較試験
IIa 非ランダム化比較試験
IIb その他の順実験的研究
III 非実験的記述的研究(比較研究、相関研究、症例対処研究など)
IV 専門会委員会や権威者の意見
<勧告の強さ>
A 行うよう強く勧められる。
B 行うよう勧められる。
C 行うよう勧められるだけの根拠が明確でない
D 行わないことを勧める
その勧告の強さは、
@エビデンスレベル、
Aエビデンスの数と結論のばらつき、
B臨床的有効性の大きさ、
C臨床上の適応性、
D害やコストに対するエビデンス
で決められていきます。
ニッポンの病院の報酬は、診療報酬表によって決められていて、
1点を10円分として、たとえば、湿布処置なら35点(=350円)
訪問リハビリなら一回550点というように決められています。
一つ一つの治療についても出来る行為と出来ない行為が細かく決められています。
そこで、いまEBMが注目されているのです!
ボクからいえば、医療費が経済を圧迫していて、見直しの根拠としてEBMが入ってきたと思っていますのであまり良くは思っていません。
最低限、
<勧告の強さ>で 「C」 以上をとっていないと、
おそらく、その医療行為が報酬として認められないだろうということです。
いぜん、PT界では「腰痛ショック」がありました。
システマティックレビューで、
「急性期腰痛に対する理学療法は根拠に乏しく推奨されない」
と、アメリカから報告されたのです。
これには、本当に打撃を受けたのです。
げんざいは、単なる「腰痛」という区切りで考えるのではなく、
腰痛の症状により、より適切な治療法に細分化して
エビデンスのレベルを高めようと諸氏が奮闘しています。
とにかく、理学療法も
EBMが無いと認められない
時代となってしまいました。このままにしておくとリハビリの報酬は下がっていく一方です。
さて、本題です。(前置き長!)
さんざん、エビデンスの話をしてきたわけですが、
わたしは、理学療法こそまさしく「経験」の要る医学だと思っています。
PTによって、おなじ症例のリハをやっても、結果の現れ方が違うと思っているからです。
ぼくも、臨床経験14年となりました、そろそろ中堅です。
自分が経験によって得られたことをここで整理しようと思いました。
1.まず、一番大きいのは予後の見通しだと思います。
予後は、疾患への理解が第一ですが、その人の性格、環境、時期、プログラムの進め方などで、大きく変わります。経験によってより明確なゴールを打ち出せると思います。社会資源への適応も経験と人的ネットワークの構築が鍵です。
2.次に、より個人個人に変化した対応が出来るようになったことです
その人のタイプに応じて、プログラムも目標も変化させていかなければなりません。さらに、その患者本人だけでなく、家族環境や、転帰先を考えてのプログラムを考えるようになりました。
3.技術面。
ボクの頃はリハビリの本は本当に少なかったです。さらに僕らの指導者などになると、あった本も英語の原文しかなかったという時代、
とにかく患者に触れることだけは必ず心がけました。
忙しくなると、自主トレをお願いすることが多くなりがちですが、
PTは患者に触れてこそだと思います。
今になってやっと、筋肉と筋肉のつながりとか、痛みの取り方とか、何処をどうするのかがやっとわかってきたような感じです。
4.自分自身のコントロール。
初めての頃は、自分自身が緊張していて、治療している側である自分自身の体が痛くなってしまいました。
いまは、自分で自分のペースをコントロールしています。
別に、毎日同じプログラムをしなくたっていいんです。
自分が調子悪いときは、それに併せてプログラムを調整します。
兎に角、
いまは、僕らと同じかそれより上の先生方の努力で、いろいろな治療法、方法論が確立されてきています。文献、本も増えました。
でも、「本当にそうだろうか?」という見方をして欲しいし、
見かけで判断して欲しくないです。
本当にその本通り出来たでしょうか?
本当にその文献にある治療がその対象者に対応できる内容だったでしょうか?
やはり、医学は
「経験に基づく学問」
だと思います。
EBMばかりに気をとられないで、自分の技術も見つめるべきだと思います。
腰痛の事件も、僕らの技術が未熟だったこともあると思いますから、
もちろん、自信のあるところは、「根拠」を残さねばならないとボクは思っています。
2007年12月16日
道東道が延長!
道東に住むものにとって、
札幌はあこがれの地であります。
ボクは大学時代、札幌で4年間を過ごしましたが、
JRで釧路から5時間!
お子様だった私にとって、札幌での一人暮らしへの旅は
それこそ、夢の実現のために東京に出るミュージシャンのような気持ちかも知れません。(おおげさだけど、それくらいに感じます。)
距離にして400キロ弱。
その真ん中にそびえ立つ、日高連邦!
いまでは、車で札幌へは何度も行きますが、
途中にそびえる日勝峠はいまでも難関です。
トラック運転手も嫌なのか、猛スピードで超えていくので、
「とても恐ろしい峠です。」
ということで、10月21日、
道東道がトマムまで延長されました。
これで、今まで道東道は十勝清水と夕張の間が未開通で、
日勝峠を経由しなければならなかったものが、
一気に、トマムまで日勝峠を経由せず、通行することが可能になりました。
標高も、日勝峠よりも低いところにあり、峠を登るよりは天候の影響を受けにくくなったようです。
北海道にとって、冬はまさに地獄!
少しは快適になってくれると期待しています。
さる、12月8日その高速道路を通過しました。
これはその時の写真です。

前方にそびえる山々が、「日高連邦」
大雪山や、十勝岳もこれです。
北海道を西と東にカッポリ分けている、標高1500m以上の山々です。
で、走ってみての感想、
うーーん、降りてからが中途半端でわかりづらい。
峠より走りやすいが、時間的にはあまり変わらぬ。
冬は、トマムは豪雪地帯なので道路状況が悪い!
「まだまだ使えんな」
ということで、まだまだ「トマム」から「夕張」インターへ。
そして、
「釧路」インターから、「本別」インターへ、
のせつぞくを、心待ちにしております。
はやく、
「5時間以内に札幌に着きたい!!」
札幌はあこがれの地であります。
ボクは大学時代、札幌で4年間を過ごしましたが、
JRで釧路から5時間!
お子様だった私にとって、札幌での一人暮らしへの旅は
それこそ、夢の実現のために東京に出るミュージシャンのような気持ちかも知れません。(おおげさだけど、それくらいに感じます。)
距離にして400キロ弱。
その真ん中にそびえ立つ、日高連邦!
いまでは、車で札幌へは何度も行きますが、
途中にそびえる日勝峠はいまでも難関です。
トラック運転手も嫌なのか、猛スピードで超えていくので、
「とても恐ろしい峠です。」
ということで、10月21日、
道東道がトマムまで延長されました。
これで、今まで道東道は十勝清水と夕張の間が未開通で、
日勝峠を経由しなければならなかったものが、
一気に、トマムまで日勝峠を経由せず、通行することが可能になりました。
標高も、日勝峠よりも低いところにあり、峠を登るよりは天候の影響を受けにくくなったようです。
北海道にとって、冬はまさに地獄!
少しは快適になってくれると期待しています。
さる、12月8日その高速道路を通過しました。
これはその時の写真です。
前方にそびえる山々が、「日高連邦」
大雪山や、十勝岳もこれです。
北海道を西と東にカッポリ分けている、標高1500m以上の山々です。
で、走ってみての感想、
うーーん、降りてからが中途半端でわかりづらい。
峠より走りやすいが、時間的にはあまり変わらぬ。
冬は、トマムは豪雪地帯なので道路状況が悪い!
「まだまだ使えんな」
ということで、まだまだ「トマム」から「夕張」インターへ。
そして、
「釧路」インターから、「本別」インターへ、
のせつぞくを、心待ちにしております。
はやく、
「5時間以内に札幌に着きたい!!」
2007年12月13日
ええっ?町の病院が診療所に?
最近ずっと触れてきた話題です。
うちの病院が診療所になってしまうかもしれない!!
診療所になるということは、
病床がなくなるということです。
まずはこちらを読んでください。
「自治体病院広域化・連携構想(素案)の概要」
(要約)
コンセプト
1.自治体病院は地域医療の確保に取り組んでいるが、医師不足、患者減少、診療報酬改定などにより、経営状況は極めて厳しい。
・自治体病院がかかりつけ医療から高度先進医療まですべてになうのではなく、他の医療機関と役割分担をして、相互に連携する。
・地域において確保すべきは、医療を中心として、保健福祉、介護サービスと一体となった包括的ケア体制
・最も肝要なのは、自治体病院が広域連携し、1次から1.5次の医療を効率的に提供して、地域医療の確保と、病院経営の健全化を両立させること。
2.この構想の位置づけは道から市町村、住民への提案としてとりまとめたものであり、議論が深まり、住民に身近な医療提供体制作りになることを期待するものである。
3.すべての市町村立病院を対象とする。
<本道の現状>
・全道の市町村立病院は94病院(19年4月現在)道内病院全体の17%をしめる。
・平成17年度全道の市町村病院事業の(84事業97病院)のうち赤字事業は61事業で、111億2千6百万円の赤字
・市町村普通会計は歳出、歳入ともの減少傾向で病院への負担は難しくなっている。
・本道では人口あたりの病床数は全国平均を上回っているが、市町村病院の病床利用率は76%程度で病床数を見直すことが必要
・札幌に医師の約半数が集中し、地域においては少数の医師に過剰な負担がかからない医療提供のあり方を考える必要がある。
・道路整備は進んでいて、市町村間の移動時間は大幅に改善している。一方で車を持たない高齢者などには負担。
広域化に対しては市町村合併推進構想による区域を参考にしながら、医療の問題を考えつつ広域化の検討を行うことなっています。
区域設定の前提としては、
@実際の患者の動きに即した区域設定として、
A地域の核となる病院(おおむね200床以上)が存在していて
B地理的な連続性があり
C従来からの地域のつながりに配慮し、
D極端に広域になる地域への配慮し、
E将来の地域間連携にも配慮して
決めるとなっています。
うちの町から200床以上の中核となる病院で最も近いのは、釧路市です。自家用車でおおよそ1時間の距離。
うちの病院の病床稼働率はここ数年では60パーセントを切っています。このままでは補助金などにペナルティを受ける可能性があります。
ですので、うちの病院は「診療所化」への構想内に入ってしまいました。
しかし、しかしです。
釧路管内でたとえば川湯地域から釧路市内ですと、2時間圏です。
うちの病院は「赤ちゃんが産める」病院なんです。川湯からは1時間以内。
産気づいて、釧路市内まで走れというのでしょうか?
それから、地域連携パスのところで話したように、
平均在院日数はどんどん縮まる傾向にあり、急性期から回復期、慢性期と受け入れていくなかで、回復期をになう施設が少ない現状。
慢性期に至っては、釧路市内だけの受け入れだけで精一杯という状況下です。
また、療養病床は撤廃の方向性のなか、地方出身の患者がどんどん受け入れ先からはじかれていってしまっています。
このまま地方の病院の病床をなくしてしまっていいのですか?
また、赤字を理由に地方出身者に負担を強いるのですか?
この国の統治者は、自分達の不始末で、世界一の経済大国から世界一の借金国にしたくせに、
自分の故郷を捨て、首都圏に集まって、便利なところで暮らせと言い張る。
首都圏こそもっと深刻な都市の病に浸っているのに、
都市に住まっている人はどんどん気が病んでいるではありませんか?
ずっとその土地に住んでいる人は、たとえ一人になってもそこで暮らしたいと願っていますよ。
自分でぼろぼろの体を何とか、巧く使って自立生活している独居老人はいくらでも居て、介護保険の認定調査を受けても、介護1すらもらえません。
ぎりぎりでやっと生活している人が、最も辛い仕打ちです。
この上、病床すらなくなってしまったら、そのような人たちは何処に行けばいいんでしょうか?
「意地張ってないで首都圏で働く子供と同居しなさい」
っていうんでしょうか?
ボクはそんなことは絶対に許せません。
どうしてその人達はそうまでもしてここに暮らすかわかりますか?
この身一つで今住む土地を切り開いた本人だからです。
ぼくらは、その跡を継げずに、首都圏で「生きるため」働いているけれど、
それを申し訳なく思わなきゃいけないんじゃないかなあ?
せめて、その故郷を「守る」努力はせにゃあならんのではないですか?
もちろん、地域で働く自治体病院のスタッフも改善すべきところがありそうです。
たとえば、接遇の問題。比較的、自治体病院は評判悪いです。
給料体型も、勤務時間も地方公務員の枠を越えてもっとフレキシブルにすべきでしょう。
今年の年末年始は9日間の休診となります(救急は受け入れます)。
ちょっと、民間病院では考えられません。
ぼくたちも、病床稼働数あげるべく頑張りますから、
どうか、
「病床をなくすことは勘弁!」
うちの病院が診療所になってしまうかもしれない!!
診療所になるということは、
病床がなくなるということです。
まずはこちらを読んでください。
「自治体病院広域化・連携構想(素案)の概要」
(要約)
コンセプト
1.自治体病院は地域医療の確保に取り組んでいるが、医師不足、患者減少、診療報酬改定などにより、経営状況は極めて厳しい。
・自治体病院がかかりつけ医療から高度先進医療まですべてになうのではなく、他の医療機関と役割分担をして、相互に連携する。
・地域において確保すべきは、医療を中心として、保健福祉、介護サービスと一体となった包括的ケア体制
・最も肝要なのは、自治体病院が広域連携し、1次から1.5次の医療を効率的に提供して、地域医療の確保と、病院経営の健全化を両立させること。
2.この構想の位置づけは道から市町村、住民への提案としてとりまとめたものであり、議論が深まり、住民に身近な医療提供体制作りになることを期待するものである。
3.すべての市町村立病院を対象とする。
<本道の現状>
・全道の市町村立病院は94病院(19年4月現在)道内病院全体の17%をしめる。
・平成17年度全道の市町村病院事業の(84事業97病院)のうち赤字事業は61事業で、111億2千6百万円の赤字
・市町村普通会計は歳出、歳入ともの減少傾向で病院への負担は難しくなっている。
・本道では人口あたりの病床数は全国平均を上回っているが、市町村病院の病床利用率は76%程度で病床数を見直すことが必要
・札幌に医師の約半数が集中し、地域においては少数の医師に過剰な負担がかからない医療提供のあり方を考える必要がある。
・道路整備は進んでいて、市町村間の移動時間は大幅に改善している。一方で車を持たない高齢者などには負担。
広域化に対しては市町村合併推進構想による区域を参考にしながら、医療の問題を考えつつ広域化の検討を行うことなっています。
区域設定の前提としては、
@実際の患者の動きに即した区域設定として、
A地域の核となる病院(おおむね200床以上)が存在していて
B地理的な連続性があり
C従来からの地域のつながりに配慮し、
D極端に広域になる地域への配慮し、
E将来の地域間連携にも配慮して
決めるとなっています。
うちの町から200床以上の中核となる病院で最も近いのは、釧路市です。自家用車でおおよそ1時間の距離。
うちの病院の病床稼働率はここ数年では60パーセントを切っています。このままでは補助金などにペナルティを受ける可能性があります。
ですので、うちの病院は「診療所化」への構想内に入ってしまいました。
しかし、しかしです。
釧路管内でたとえば川湯地域から釧路市内ですと、2時間圏です。
うちの病院は「赤ちゃんが産める」病院なんです。川湯からは1時間以内。
産気づいて、釧路市内まで走れというのでしょうか?
それから、地域連携パスのところで話したように、
平均在院日数はどんどん縮まる傾向にあり、急性期から回復期、慢性期と受け入れていくなかで、回復期をになう施設が少ない現状。
慢性期に至っては、釧路市内だけの受け入れだけで精一杯という状況下です。
また、療養病床は撤廃の方向性のなか、地方出身の患者がどんどん受け入れ先からはじかれていってしまっています。
このまま地方の病院の病床をなくしてしまっていいのですか?
また、赤字を理由に地方出身者に負担を強いるのですか?
この国の統治者は、自分達の不始末で、世界一の経済大国から世界一の借金国にしたくせに、
自分の故郷を捨て、首都圏に集まって、便利なところで暮らせと言い張る。
首都圏こそもっと深刻な都市の病に浸っているのに、
都市に住まっている人はどんどん気が病んでいるではありませんか?
ずっとその土地に住んでいる人は、たとえ一人になってもそこで暮らしたいと願っていますよ。
自分でぼろぼろの体を何とか、巧く使って自立生活している独居老人はいくらでも居て、介護保険の認定調査を受けても、介護1すらもらえません。
ぎりぎりでやっと生活している人が、最も辛い仕打ちです。
この上、病床すらなくなってしまったら、そのような人たちは何処に行けばいいんでしょうか?
「意地張ってないで首都圏で働く子供と同居しなさい」
っていうんでしょうか?
ボクはそんなことは絶対に許せません。
どうしてその人達はそうまでもしてここに暮らすかわかりますか?
この身一つで今住む土地を切り開いた本人だからです。
ぼくらは、その跡を継げずに、首都圏で「生きるため」働いているけれど、
それを申し訳なく思わなきゃいけないんじゃないかなあ?
せめて、その故郷を「守る」努力はせにゃあならんのではないですか?
もちろん、地域で働く自治体病院のスタッフも改善すべきところがありそうです。
たとえば、接遇の問題。比較的、自治体病院は評判悪いです。
給料体型も、勤務時間も地方公務員の枠を越えてもっとフレキシブルにすべきでしょう。
今年の年末年始は9日間の休診となります(救急は受け入れます)。
ちょっと、民間病院では考えられません。
ぼくたちも、病床稼働数あげるべく頑張りますから、
どうか、
「病床をなくすことは勘弁!」
2007年12月02日
地域連携パス研究会が発足
もう、少し前の話になってしまいましたが、
11月21日、夜。
釧路労災病院が呼びかけて
「地域連携パス研究会」の発足記念講演会がありました。
私も、事務次長と一緒に参加しました。
地域連携パスとは、
医療機能の分化、連携の推進を図るのが目的です。
急性期病院が、管理病院となり、回復期、維持期の病院を連携病院として、ネットワーク化を図り、入院日数の短縮や、効率化をねらっています。
詳しいことを言いますと、すでに大腿骨頸部骨折のクリニカルパスは
試験導入されていて、連携パスを導入することでのコストも請求できるようになっています。
一応パスのターゲットになっているのが
4大疾病(大腿骨頸部骨折、脳血管障害、心臓血管障害、糖尿病)
であり、
少なくとも、来年に脳血管障害のほうは算定対象になりそうです。
今回の講義は、コンピューターのシステム設計の会社社長さんからでした。
なんで、そうなのかと言いましたら、
「コンピューターシステムによる一元管理」
が欠かせないからです。
このシステムをセキュリティシステムとパスワード管理で
提携病院すべてで、患者の紹介、画像の共有、ベッドの空き状況などすべてを確認できるようにしようというものです。
たしかに、今までは転院のたびに、検査のし直しがあったり、
ボクからしたらなんと無駄かと思っていました。
個人情報の扱いは難しいですが、その辺がしっかり守られれば
患者さまにもメリットがあります、
医療費もおさええられるかもしれません。
うちの町は、維持期病院として急性期病院への紹介や、
患者様の維持期のフォローをになうのでしょうけれども、
骨折・脳血管障害・心大血管障害
は、まさしくリハビリありきの分野です。
ところが、釧路市内ではまだまだ、回復期リハの施設が整っていません。
重度の脳卒中患者さんなどは、多数のスタッフが関わる集中的なリハが必要ですが、
軽度の麻痺や、骨折の回復期であれば、
うちの町でも提供できるように思っています。
うちも、病床の利用率をあと十数%あげないと、
道の方針もあり、診療所になってしまうかもしれません。
町に、病床がなくなるということは、恐ろしいことです。
行き先が無く、家族共倒れの危険もあります。
この辺のお話しは後日にいたしますが、
連携パスのなかで、回復期リハを担当できれば、
うちの病床ももっと利用してもらえるかなあ?
すこし、夢を見ています。
でも、患者のためですから、
「実現しましょうよ」
って誰に訴えればいいのか????
PS.写真のどこかにボクが写ってますよ。判別不能ですが。

