2008年09月01日

みゅうの足、パパにあげる。

今年も観ました24時間テレビ。

マツジュン主演のドラマ

「みゅうの足、パパにあげる」

がとても良かったので、ご報告。


いつも難病を抱えた人物の話、
ガン告知で亡くなるまでの話、

よく見るドキュメントタッチのドラマですが、
今回のドラマはちょっとタッチが違っていました。

ストーリーはごく普通の大学生がごく普通の結婚をし、(できちゃった婚のようですが、、)
一人の女の子が生まれ、普通の生活を送っていたものがある日突然、

CDIP:慢性炎症性脱髄性多発神経炎

という難病にかかり、握力も、歩く力も失われ、働くことも出来なくなって絶望の縁に立たされた一人の男性とその家族。

そしてそれを受け入れるまでの苦悩と、周りとの闘いを描いたドラマです。

このお話には、ごく普通の何処にでもある家庭が、
ある日突然絶望の縁に立たされることがあると言うことと、
そこで味わう絶望感、家族の苦悩。
そこで「障害受用」するまでの周りの働きかけ、本人の葛藤が

リアルに表現されていました。

私は理学療法士ですが、

「障害受用」

という言葉は良く出会う言葉です。
ただ、それが自分の元に来るなんて思いもしなかったりします。

男が、家庭を持ち、そして働く。働いて家族を支えることが、
ステイタス。

それが何の過失もないはずなのに、突然奪われてしまう。

男は、「弱い」です。
ステイタスが奪われると、死にたくなるくらい落ち込みます。
でも、彼はそのステイタスを失い(仕事)、死ぬことすらも出来ない体になってしまった。

でも、そこで強い妻のこころと優しい子供の愛がそれを救います。
ぱぱは勝手に、こんな役に立たない自分ならいっそ死んでしまいたい。
というのです。

でも、妻や子供はパパその人が好きなのであって、かけがえのない存在なのです。
「かっこつけないで」「ありのままを受け入れて」
と妻は言います。
でも、プライドが彼の心を解き放てない。

でも、ぼくも今はその意味がわかります。男だからわかるんです。
次元は違うけれど、同じ思いを通過しましたから。

あと、脳卒中の患者扮する石原良純サンの言葉も印象に残りました。

主人公の男性が何もかも受け入れられずに、「死にたい」という気持ちでいっぱいの時、

リハビリ室で、その脳卒中の患者さんに「お酒をくれ」とせがみます。
そしてひと言、「どれくらい一度に飲んだら死ねるかな?」

そこで脳卒中の患者さんが一喝します。
「リハビリに来ているやつは、みんな”生きる”ために必死な奴らなんだ。おまえみたいなやつがここにいたらすべての患者に対して失礼だ、でていってくれ」って、

いつもリハビリの女の子にデートの申し込みばかりして、
こっそりお酒飲んでる、不良患者が
しっかり「命の言葉」をなげかけます。

そして、笑うことのない担当医も、しっかり彼を支え続けます。
「厳しい言葉」で、

無理して歩こうとするリハビリ中の彼を見て言います。
「あなたがすることは今がむしゃらにリハをすることではない、
ずっと闘っていかなければならないこの現実を受け入れることだ」と

一見ものすごく冷たい言葉なんだけれど、
本当のことはそこにあるのです。

そして、関わったすべての人々が、真剣に彼と向き合って
支えていたと思います。

一番重かったのが、入院中の彼を見舞い七夕の短冊に書いた
5才の娘のひと言「みゅうの足をパパにあげる」

みゅうちゃんは、ぱぱが大好きだったんですね。
自分の足をあげてまでもパパと一緒の暮らしを望んでいたんです。

愛の力はすごいですね。

この話のモデルとなった方も、今この辛い病気を受け入れて、
不自由ながらも、一生懸命

「生きています。」


posted by ぷーーさん at 23:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
スピード登録&高額収入ならDPアフィリエイト

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。