2008年02月02日

長ホ?

1月30日
いよいよ本町の
「長ホ」社会人夜間リーグが開幕!


長ホって何????

長靴アイスホッケーの略です。
http://www.nagaho.com/


氷上の格闘技と呼ばれるアイスホッケーですが、
「長グツ」アイスホッケーは
スピードもゆっくり、
パックもテニスボール大の柔らかいボールですので、
初心者でも楽しめます。

うちの町でも社会人の夜間リーグがあります。
今年は全部で16チームが参加!
うちの病院は最古参でうちの正キーパーは
長ホチーム中最高齢で70才近い方です。
もう20年近くやっているのではないでしょうか?(詳しくは知らず)

長ホ.jpg



女性1名および女性か55才以上の男性を一人以上必ず入れて、
キーパー併せて1チーム8名で行います。

コートはアイスホッケーのリンクを用います。
いつもシーズン開幕はアイスホッケーが落ち着いた
1月末くらいから2月末くらいまででしょうか?

これから毎週2回程度1日に2〜3試合ずつ行っていきます。
病院チームの監督はなんと!ボク(名前だけね)
出来るだけすべてに参加しようと思っています。

だんだん冬に外に出るのがおっくうになってきているので、
こういう機会を逃さずにはいられないと思っているぷーーさんでした。


成績は.....?

聞かんといて
posted by ぷーーさん at 20:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月24日

やっぱりこの町が好き

この町に生まれて、
この町に帰ってきて、
この町に家を構えて、
この町で働いています。

最近。風景写真にこりはじめました。
といっても2万円しないデジカメやケータイでですが、、、
?o?b?h?i???????????j”冬の釧路川と樹氷”
kusirokawa.JPG

四季折々、
いろいろな場所で、
いろんな景色が僕たちを迎えてくれます。

町内の二つの湖
「シラルトロ湖」と「塘路湖」
今はワカサギ釣りのシーズンです。

それから塘路湖と釧路湿原、コッタロ湿原を見渡す
「サルボ展望台」

阿寒連邦と摩周岳、西別岳、
西別岳は標高は800メートルほどですが、
1000メートル町の山で見られる高山植物が群生しています。

西別岳の麓から、別海に注ぐ西別川は
今は少なくなった「バイカモ」といわれる藻が春には花を咲かせます。
ウメの花のようだから梅花藻というのかな?

1月19日からは釧路から川湯までをSLが駆け抜けます。
釧網線は釧路湿原の間を抜けていくのです。
このSL
私の街で鉄道OB達が町内の公園に大切に手入れして保存していたものです。
再び走り出したのは、
NHKのすずらんという朝ドラで復活したのがきっかけのようです。

そして、我が町を美しく見せてくれる動物たち、
丹頂鶴、オオハクチョウ、エゾフクロウとシマフクロウ
エゾシカとキタキツネ(ちょっとやっかい扱いされてますがね)

カメラを持つと、
1年中、素材に事欠きません。

一眼レフが欲しいんです。
バズーカみたいなレンズで
大泉洋みたいにぶっ放したいんですよね。
タグ:道東 観光 風景
posted by ぷーーさん at 23:26| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月22日

「最近の若者は」って言っていませんか?

皆さんは

「まったく最近の若者ときたら、、、、」

って言っていませんか?
この言葉、つい言いたくなっちゃうときがあるんだけれど、

この言葉
社会が形成されたときから、
どの時代でも、どの国でも、どんな人でも
共通に言っていたんでないかなーと思うのです。

結局大人になっていく自分自身は、過去の自分を忘れているし、
過去の自分を振り返っていても、時代は常に変化しているし、、、

「あまり意味のない言葉だよなー」ってつい納得してしまうんです。

それを承知であえて最近思っていること、、、
臨床実習生から感じることです。

最近の学生さんは、「打たれ弱くなった」というし、そう思います。
「あまり根拠のない自信」をもって来るんだけれど、
批判されるとすぐにかなり参っちゃってる。

あと、「自分で考える力」がよわいかな?
教科書では反論するのだけれど、
教科書から離れたことは全く考えてこられない、、、、

自分なりに分析しています。
日本が豊かになって行くに従って
子供の遊びも変わっていきました、そして少子化。
ゲーム世代、危険な公園、

だんだん、沢山の人のなかで遊ぶときに思う様にならないところや
協調しなければならないところ、そして自分たちでルールを作る独創性。
今の子供達は経験できていないなあって思います。

パソコンだってそう、ボクはカセットテープにデーターを入れる時代の8ビットのパソコンから使っています。
ゲームは売っていなかったし、そうそう手に入るもんではないので、
自分でパソコンの言語を学び、自分で遊ぶのです。
まさに、パソコンは自分の思いを表現するひとつの「ブラックボックス」だったのです。

現在の家庭用ゲーム機は違うんです。
あくまでもプログラムを作った人の「想定内」の自由なんです。

昔楽しかった「遊び」
今の子供達もきっと楽しめるはずです。
公園が子供だけでは危ないのなら、親も混ざって遊ぶのもいいのかな?

どうでしょう?

ちょっと言いたいところから脱線してしまいました。

ボクの言いたかったのは、

昔も今も人間は何も変わっていません。


ここで軍人山本五十六さんの言葉をお借りします。


     やつて見せて、言って聞かせて、やらせて見て、

       ほめてやらねば、人は動かず。

       「 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず 」

       「 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず 」


「今の若者は」

ってレッテル張って軽視しないで、

そう思うのなら、五十六さんのように、
私(自分)が伝えたいことを伝えてみるべきだと思います。

その中に互いにコミュニケーションが産まれて、
私たちも若い世代から学ぶことも必ずあるでしょう。

「前に進みましょう!」
posted by ぷーーさん at 20:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

結婚式!うちの場合、、、

うちの病院の後輩PTが結婚します!
は前回の記事でした。?o?b?h?i???????????j
http://papanda3.seesaa.net/article/75307329.html

今週、いよいよ日取りが決まって、
家がキリスト教なので教会で式を挙げて、
地元に戻って、地元で宴会をしたいといっていました。
コンベンションホールなどもあるのですが、
そこまで大きくしなくてもいいし、
かといって
なかなかそれなりの人数で宴会出来るとこもうちの町には

「少ない....」

悩んでたな........


ところで、


私たち夫婦は本年7月で

結婚10年目を迎えます。

今の町に帰ってきたのはその2年後の平成12年の春。
その年の6月に親戚を集めて結婚式をしました。

ちょっとあまり一般的ではない結婚式だったので、紹介します。

会場は阿寒湖畔の「御前水」というホテル。
実は過去に1度結婚式をしただけで専門的にはしていないそうです。

副支配人(現支配人)はとても若そうな方で30代か20代後半といった感じの方でした。
とにかくあまり経験がないのでやってみようかって感じで、
予算もかなり絞りました。

料理はお膳を出して、ビールも用意するとのこと、
そのほかは持ち込みでもいいよと言うことで、
後はすべて私たちが企画することにしました。

まず、親戚にお披露目は初めてなので、
ホテルの祝宴場のほかに一室を借りて、
「人前式」
をすることにしました。

司会はうちの母方の叔母に頼みました。
趣旨を説明して、二人で宣誓文を作って唱和します。
そして親戚の拍手を持って式が完了という形です。

そして一通りの紹介の後準備をして、
隣の宴会場で祝宴です。

ケーキは司会をした叔母の知り合いにパティシエが居て作ってもらいました。

衣装は結婚式場の互助会を使って衣装だけお借りしました。
お色直しは3回?だったか?

ウェディングドレスは、嫁の兄夫婦が作って用意してくれました。

宴会の司会は今度は母方の叔父に頼みました。
なかなかのパフォーマーでして、
くじ引きで嫁の方の親戚と、ボクの方の親戚がペアとなって
デュエット曲対決です。
うちの親戚の方は最後は踊り出してしまって、、、、

ホテルのスタッフは入場の時ドライアイスで演出するって張り切っててたんだけど、
ドライアイスを出してきただけだったので、ほとんど雲が出ず失敗だったり。

宴会中の曲は僕たちが用意したんだけどリピートして無いので
曲が途中で終わってしまって巻き戻してまたかけたり、

でも、何から何まで手作りで本当に楽しい式でした。
お膳だったので、
高砂の前に、みんな座って食事をするんです。
最後は入り乱れてぐちゃぐちゃで、
ケーキカットのケーキも主役の二人には当たりませんでした。

嫁の親戚は室蘭からバスで阿寒まで12時間くらいかけてきたんですよ。
夜はみんなで宿泊。部屋割りが大変でした・・・・・・
宿泊費込み12000円で出来ましたよ。

うちの後輩にも、こんな式だった話してやろうと思っています。
自分で企画するのもいいもんだってか。
タグ:結婚
posted by ぷーーさん at 23:13| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

いやあ凍れるネエー

まずは、これをみてください。

frozen_car.JPG

1月9日朝9時の訪問公用車です。
わかります?

フロントガラスが「真っ白」です。
このままでは車を走らせられません。
そこで登場するのが
これ?o?b?h?i???????????j

ガリガリ.JPG

「ガリガリ」です。(名前がわからんのでそう呼んでいる)

これでフロントガラスをガリガリかっちゃいて
視界を確保します。

新年を迎えて、
雪はさっぱり無いのですが、
道東は寒いです。
ここ最近。
朝はマイナス15度以下、昨日は20度まで行ったとも、、、
日中もマイナス5度くらい。
寒いです。
タグ:氷点下
posted by ぷーーさん at 23:24| Comment(13) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

子供が産まれて、、、

1月2日
高校の同期会がありました。

1年生の時の同じクラスだった女の子、

「子供がいるんだけれど、発達が遅れていて、療育センターでリハビリうけているんだ」って。

そのあと、色々話をメールでやりとりしました。

産まれた時から柔らかい感じで、1才4ヶ月でまだ伝い歩きだって、
検査では何も出てこないから、
問題があっても軽い方だと思うって言っていました。

ボクも、学生時代、療育センターで実習をしました。
母子棟というところでは、お母さんもともに子供のリハビリをつきあいます。
乳幼児期のリハビリは、家族も一体となってすすめなければなりません。
彼女にも、ボクが今まで診てきた肢体不自由な子供の例を話しながら

子供の将来の能力を決定するのは、

「いかに、その時期にふさわしい経験を”脳”にさせるかが、大切」

だと思うと話しました。
肢体不自由な子は、巧く体が扱えないので、「したい」思いがあっても巧くできないんです。

だから、子供をじっと観察して、

「こどもの”したい”を助けてやる」

のです。

うちも4人の子供がいますが、同級生のなかにもそんな悩みを抱えている友達が居て、とても心が動かされました。

大学の小児科実習の時、ドクターのムンテラに立ち会うことがありました。
なんとその時は、お母さんに子供の病状を「告知」するときなのでした。


ドクターが「この子の病名は聞いていますか?」と母に話しかけ


母が「聞いていません」というとしばらくの沈黙の後、


「脳性麻痺です」と答えました。


お母さんは、うすうすとはわかっていたのかもしれません。
いや、もうすでによく勉強していたのでしょう。
すでに子供は2才か3才になっていたと思います。
でも、この言葉は重くて、お母さんは泣き出してしまいました。

お母さんは、自分の体を痛めて子供を産むから、
その子に障害や異変があったりすることをとても恐れます。
たとえば、子供が自閉症であった場合、その子の親などは
「自分が周産期のときに悩んでいたからだ」などと自分を責めてしまうことが多いです。
父親以上に自分を責めてしまうのです。

ボクの同級生は、お母さんですから、同じ思いを持ったのかなあ?
発達が少し遅かったので、仕事も辞めたと言っていました。

ぼくも、わかる限りの情報を送りたいと思いました。
彼女は言っていました。

「育児雑誌はあるのだけれど、正常発達が前提だから、参考にならない。発達遅滞の子の育児雑誌はないの?」

もしこの記事を読んでくれて、何か知っていましたら、


「是非!情報をください。!!!」
posted by ぷーーさん at 00:06| Comment(9) | TrackBack(19) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

本日より初仕事

長かったはずの年末年始休暇。
意外とあっさり終わってしまいした。
やっと、今日

「初仕事」

うちの周り50キロ圏内にずっと9日間居ました。
すなわち

「寝正月」

でも、寝てばかり居ても体は休まって<元気>になる
ということは
ありません。

きょう、後輩とも話しましたが、
適度に仕事が出来た方が体は調子がよい!
休みで<精神>は休めますがね。

人間贅沢なものですね。

それで、1週間以上触れていない、患者様の体は
本当に固くて、

「今日まで我慢して待っていたんだよなー」

と切ない気持ちになりました。

と、

ブログも正月休み終了!

で、ガンガン行ってみよう!
タグ:初仕事
posted by ぷーーさん at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月29日

「結婚」とは何ぞ?「結婚」とは何ぞ?

この前うちで一緒に働いている後輩PTが

「来年4月に結婚します!」

と、ついに宣言した。

すでに、うちの職員のほとんどがつきあっているのは知っていて、
飲み会の度に「いつだあー」「いつだあー」って聞いていたんだけど、
ついに決めたようです。

おめでとう!!。

ホントに嬉しい今年最後のニュースでした。





なんですが、

最近、結婚生活も長く続かないうちが多いですよね。
とくに、北海道がそのワーストワンだとか、、、、

うちももうすぐ結婚10年を迎えます、まだまだいろいろなことがあるのだろうけど、

思ったことを少々!

「結婚とは何ぞ」

どうしても、結婚をゴールインっていってしまいますが、
結婚=幸せ ではないです。
ゴールではなく、2人でゼロからスタートです。
どっちが転んでも、置いてはいけないのです。

じゃあ、なんでけっこんしたの?

ボクはボクなりに一つ答えを持っています。

結婚は

「より大きなことにむかうこと」

結婚して一番大きいできごとは「家族」というものを持つことです。

よく、野球選手などは、
「結婚したら守るべきものが増えた」
って、ホントにがんばりますよね。
子供なんか増えたらホントによい成績残しますよね。

「家族」をもって、一人では絶対に出来ない経験を繰り返していくのです。
それは、実際は苦しい場面の方が大きいかもしれません。

家族の一人一人が親密になればなるほどに、

そして、同じ腹から生まれても一人一人全く違う子供達の存在を知ります。

何年話しても、話しても、配偶者の新しい面を知ります。

そして、深入りすればするほど、最初はぶつかります。

でも、いろいろなものを眺めてみてください。
成長するためには、一度大きな負荷をかけるんです。

植物は、うんと厳しい環境で育つ作物は、大地のエネルギーを吸うために、極端にまで根を伸ばし、そして美味しくなっていきます。

ボクの専門の「筋力増強」は、
筋肉は「超回復」といって、一度、激しい筋肉痛が起こるくらいに一度筋線維を破壊してやります。
そうすることで、そこを修復するエネルギーが一杯そこにあつまって、元よりも強大な筋肉を作っていきます。

家族二人になると、3人、4人となると、
当然負荷も増えていきます。
でも、家族の絆は本当に強いと思います。
だから、負荷が強いからといって、逃げ出すことはしません。

そうやって見つけた「幸せ」
それは、絶対に一人だったところには得られなかったものなのです。

美輪明宏さんは「結婚式の白無垢衣装はは死に装束」といったりします。

そうかもしれません、それくらいの覚悟で立ち向かっていかないといけないからなのかな?

でも、人間関係では、「家族」が最初のユニット
だとおもいます。

今ボクは、会社でも後輩が居る立場ですが、
それもある意味で会社という組織のなかでの「家族」
なのではないでしょうか?

最近は「親密」になることのマイナス面ばかりが強調されて、
どんどんどんどん「ビジネスライク」な
交流ばかりが増えていって居ます。

でも、一人一人は心が渇いて
「交流」をどっかに求めているのではないですか?

ネット社会の闇、出会い系サイトが流行、教師の心の病の増加

みんな、本当は心から話したいのではないでしょうか?

結婚は

家族の出発!

家族は社会の出発!

君は今日から

「君の”家庭”」の長となったんだよ。

今日から、女房を背負って生きるのだよ、

そして、どんどんどんどん

背負うものが

増えていくのさ、

「幸せは」

努力なしでは

つかめないのさ!
タグ:結婚 家族
posted by ぷーーさん at 15:05| Comment(10) | TrackBack(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月20日

PT学。臨床経験で学ぶこと。

近年、医学界では盛んにEBMが叫ばれています。
EBM(エビデンス=根拠 に基づく医療)
エビデンスにはレベルはあります。
<エビデンスレベルの分類>
Ia システマティックレビュー・メタアナリシス(様々な文献から統合的に判断)
Ib ランダム化比較試験
IIa 非ランダム化比較試験
IIb その他の順実験的研究
III 非実験的記述的研究(比較研究、相関研究、症例対処研究など)
IV 専門会委員会や権威者の意見
<勧告の強さ>
A 行うよう強く勧められる。
B 行うよう勧められる。
C 行うよう勧められるだけの根拠が明確でない
D 行わないことを勧める

その勧告の強さは、
@エビデンスレベル、
Aエビデンスの数と結論のばらつき、
B臨床的有効性の大きさ、
C臨床上の適応性、
D害やコストに対するエビデンス

で決められていきます。
ニッポンの病院の報酬は、診療報酬表によって決められていて、
1点を10円分として、たとえば、湿布処置なら35点(=350円)
訪問リハビリなら一回550点というように決められています。

一つ一つの治療についても出来る行為と出来ない行為が細かく決められています。

そこで、いまEBMが注目されているのです!

ボクからいえば、医療費が経済を圧迫していて、見直しの根拠としてEBMが入ってきたと思っていますのであまり良くは思っていません。

最低限、
<勧告の強さ>で 「C」 以上をとっていないと、
おそらく、その医療行為が報酬として認められないだろうということです。

いぜん、PT界では「腰痛ショック」がありました。
システマティックレビューで、

「急性期腰痛に対する理学療法は根拠に乏しく推奨されない」

と、アメリカから報告されたのです。
これには、本当に打撃を受けたのです。

げんざいは、単なる「腰痛」という区切りで考えるのではなく、
腰痛の症状により、より適切な治療法に細分化して
エビデンスのレベルを高めようと諸氏が奮闘しています。

とにかく、理学療法も

EBMが無いと認められない

時代となってしまいました。このままにしておくとリハビリの報酬は下がっていく一方です。

さて、本題です。(前置き長!)

さんざん、エビデンスの話をしてきたわけですが、
わたしは、理学療法こそまさしく「経験」の要る医学だと思っています。
PTによって、おなじ症例のリハをやっても、結果の現れ方が違うと思っているからです。

ぼくも、臨床経験14年となりました、そろそろ中堅です。
自分が経験によって得られたことをここで整理しようと思いました。

1.まず、一番大きいのは予後の見通しだと思います。
予後は、疾患への理解が第一ですが、その人の性格、環境、時期、プログラムの進め方などで、大きく変わります。経験によってより明確なゴールを打ち出せると思います。社会資源への適応も経験と人的ネットワークの構築が鍵です。

2.次に、より個人個人に変化した対応が出来るようになったことです
その人のタイプに応じて、プログラムも目標も変化させていかなければなりません。さらに、その患者本人だけでなく、家族環境や、転帰先を考えてのプログラムを考えるようになりました。

3.技術面。
ボクの頃はリハビリの本は本当に少なかったです。さらに僕らの指導者などになると、あった本も英語の原文しかなかったという時代、
とにかく患者に触れることだけは必ず心がけました。
忙しくなると、自主トレをお願いすることが多くなりがちですが、
PTは患者に触れてこそだと思います。
今になってやっと、筋肉と筋肉のつながりとか、痛みの取り方とか、何処をどうするのかがやっとわかってきたような感じです。

4.自分自身のコントロール。
初めての頃は、自分自身が緊張していて、治療している側である自分自身の体が痛くなってしまいました。
いまは、自分で自分のペースをコントロールしています。
別に、毎日同じプログラムをしなくたっていいんです。
自分が調子悪いときは、それに併せてプログラムを調整します。

兎に角、

いまは、僕らと同じかそれより上の先生方の努力で、いろいろな治療法、方法論が確立されてきています。文献、本も増えました。
でも、「本当にそうだろうか?」という見方をして欲しいし、
見かけで判断して欲しくないです。
本当にその本通り出来たでしょうか?
本当にその文献にある治療がその対象者に対応できる内容だったでしょうか?

やはり、医学は

「経験に基づく学問」

だと思います。
EBMばかりに気をとられないで、自分の技術も見つめるべきだと思います。
腰痛の事件も、僕らの技術が未熟だったこともあると思いますから、

もちろん、自信のあるところは、「根拠」を残さねばならないとボクは思っています。
 
posted by ぷーーさん at 23:07| Comment(15) | TrackBack(11) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

道東道が延長!

道東に住むものにとって、
札幌はあこがれの地であります。
ボクは大学時代、札幌で4年間を過ごしましたが、
JRで釧路から5時間!
お子様だった私にとって、札幌での一人暮らしへの旅は
それこそ、夢の実現のために東京に出るミュージシャンのような気持ちかも知れません。(おおげさだけど、それくらいに感じます。)

距離にして400キロ弱。
その真ん中にそびえ立つ、日高連邦!

いまでは、車で札幌へは何度も行きますが、
途中にそびえる日勝峠はいまでも難関です。
トラック運転手も嫌なのか、猛スピードで超えていくので、

「とても恐ろしい峠です。」

ということで、10月21日、

道東道がトマムまで延長されました。

これで、今まで道東道は十勝清水と夕張の間が未開通で、
日勝峠を経由しなければならなかったものが、
一気に、トマムまで日勝峠を経由せず、通行することが可能になりました。

標高も、日勝峠よりも低いところにあり、峠を登るよりは天候の影響を受けにくくなったようです。

北海道にとって、冬はまさに地獄!
少しは快適になってくれると期待しています。

さる、12月8日その高速道路を通過しました。
これはその時の写真です。
トマムインターへ.JPG

前方にそびえる山々が、「日高連邦」
大雪山や、十勝岳もこれです。
北海道を西と東にカッポリ分けている、標高1500m以上の山々です。

で、走ってみての感想、

うーーん、降りてからが中途半端でわかりづらい。
峠より走りやすいが、時間的にはあまり変わらぬ。
冬は、トマムは豪雪地帯なので道路状況が悪い!

「まだまだ使えんな」

ということで、まだまだ「トマム」から「夕張」インターへ。
そして、
「釧路」インターから、「本別」インターへ、
のせつぞくを、心待ちにしております。

はやく、

「5時間以内に札幌に着きたい!!」
posted by ぷーーさん at 22:32| Comment(2) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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