近年、医学界では盛んにEBMが叫ばれています。
EBM(エビデンス=根拠 に基づく医療)
エビデンスにはレベルはあります。
<エビデンスレベルの分類>
Ia システマティックレビュー・メタアナリシス(様々な文献から統合的に判断)
Ib ランダム化
比較試験
IIa 非ランダム化比較試験
IIb その他の順実験的研究
III 非実験的記述的研究(比較研究、相関研究、症例対処研究など)
IV 専門会委員会や権威者の意見
<勧告の強さ>
A 行うよう強く勧められる。
B 行うよう勧められる。
C 行うよう勧められるだけの根拠が明確でない
D 行わないことを勧める
その勧告の強さは、
@エビデンスレベル、
Aエビデンスの数と結論のばらつき、
B臨床的有効性の大きさ、
C臨床上の適応性、
D害やコストに対するエビデンス
で決められていきます。
ニッポンの
病院の報酬は、診療報酬表によって決められていて、
1点を10円分として、たとえば、湿布処置なら35点(=350円)
訪問リハビリなら一回550点というように決められています。
一つ一つの治療についても出来る行為と出来ない行為が細かく決められています。
そこで、いまEBMが注目されているのです!
ボクからいえば、医療費が経済を圧迫していて、見直しの根拠としてEBMが入ってきたと思っていますのであまり良くは思っていません。
最低限、
<勧告の強さ>で 「C」 以上をとっていないと、
おそらく、その医療行為が報酬として認められないだろうということです。
いぜん、PT界では「
腰痛ショック」がありました。
システマティックレビューで、
「急性期腰痛に対する理学療法は根拠に乏しく推奨されない」と、
アメリカから報告されたのです。
これには、本当に打撃を受けたのです。
げんざいは、単なる「腰痛」という区切りで考えるのではなく、
腰痛の症状により、より適切な治療法に細分化して
エビデンスのレベルを高めようと諸氏が奮闘しています。
とにかく、理学療法も
EBMが無いと認められない時代となってしまいました。このままにしておくとリハビリの報酬は下がっていく一方です。
さて、本題です。(前置き長!)さんざん、エビデンスの話をしてきたわけですが、
わたしは、理学療法こそまさしく「経験」の要る医学だと思っています。
PTによって、おなじ症例のリハをやっても、結果の現れ方が違うと思っているからです。
ぼくも、臨床経験14年となりました、そろそろ中堅です。
自分が経験によって得られたことをここで整理しようと思いました。
1.まず、一番大きいのは予後の見通しだと思います。
予後は、疾患への理解が第一ですが、その人の性格、環境、時期、プログラムの進め方などで、大きく変わります。経験によってより明確なゴールを打ち出せると思います。社会資源への適応も経験と人的
ネットワークの構築が鍵です。
2.次に、より個人個人に変化した対応が出来るようになったことです
その人のタイプに応じて、プログラムも目標も変化させていかなければなりません。さらに、その患者本人だけでなく、家族環境や、転帰先を考えてのプログラムを考えるようになりました。
3.技術面。
ボクの頃はリハビリの本は本当に少なかったです。さらに僕らの
指導者などになると、あった本も
英語の原文しかなかったという時代、
とにかく患者に触れることだけは必ず心がけました。
忙しくなると、自主トレをお願いすることが多くなりがちですが、
PTは
患者に触れてこそだと思います。
今になってやっと、筋肉と筋肉のつながりとか、痛みの取り方とか、何処をどうするのかが
やっとわかってきたような感じです。
4.自分自身のコントロール。
初めての頃は、自分自身が緊張していて、治療している側である自分自身の体が痛くなってしまいました。
いまは、自分で自分のペースをコントロールしています。
別に、毎日同じプログラムをしなくたっていいんです。
自分が調子悪いときは、それに併せてプログラムを調整します。
兎に角、いまは、僕らと同じかそれより上の先生方の努力で、いろいろな治療法、方法論が確立されてきています。文献、本も増えました。
でも、「本当にそうだろうか?」という見方をして欲しいし、
見かけで判断して欲しくないです。
本当にその本通り出来たでしょうか?
本当にその文献にある治療がその対象者に対応できる内容だったでしょうか?
やはり、医学は
「経験に基づく学問」だと思います。
EBMばかりに気をとられないで、自分の技術も見つめるべきだと思います。
腰痛の事件も、僕らの技術が未熟だったこともあると思いますから、
もちろん、自信のあるところは、「根拠」を残さねばならないとボクは思っています。